沖田 総一|仙台市の税理士・ひなた会計事務所

okita141007.jpg1982年(昭和57年) 7月12日生まれ A型 

宮城県塩竃市生まれ、松島町育ち。

日本三景の豊かな自然に囲まれ育ちました。

2人兄弟の長男です。

中学校・大学と吹奏楽部に所属し、中学校ではトロンボーンを、大学では打楽器を担当しました。こつこつ努力を続ける事で、出来ることが少しずつ増えていく事に楽しみを感じていました。

大学卒業後も、打楽器の先輩方・その仲間達と共に吹奏楽の大会に出場しています。結婚し子供が出来てからは、その活動に参加できていないのが残念です。

現在、税理士を目指して勉強中ですが、その勉強を始めたのは大学の卒業間際になってからの事です。

その当時のアルバイト先のオーナーから、顧問している税理士さんの話を聞き、
自分もそのように他人から信頼され、尊敬される人間になりたいと考えるようになりました。

税理士資格の取得は簡単では無いものの、試験は科目合格制で、就職して働きな
がらでも勉強しやすいのではと考え、税理士資格の取得を目指そうと思いました。

そして、大学卒業後、全日制の専門学校へ入学しました。その専門学校の在学中
に、税理士科目を二科目取得することが出来ました。

その後就職し、税理士試験の受験は続けていますがまだ結果は出せていません。

早期に資格を取得できるように日々勉強中です。

お客様から「ありがとう」「あなたに仕事を依頼して良かった」と思って頂けるような人間を目指しています。

その為にはミスの無い確実な仕事を一つずつ積み重ねる事はもちろんの事、それ
に加え少しでも多くの情報を得て、必要な情報をお客様と共有する事も重要だと思います。

その為に、重要な情報を逃さないように常々アンテナを広げて生活をするように
意識をしています。

まだまだ、不足している点も多くあるかとは思いますが、お客様にとって重要な
情報を一つでも多く知り、その知った情報をお客様と共有していきたいと思っています。

どのような事でも気軽に相談して頂けるように、難しい事でも分かりやすくご説明できるように頑張ります。

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志布 賢人|仙台市の税理士・ひなた会計事務所

shifu2.jpg1988年(昭和63年) 8月27日生まれ O型

出身は山形県の村山市です。

村山市は宮城県と山形県を結ぶ関山峠をこえた辺りにあります。

盆地のため、夏は猛暑、冬は大雪と生活するには少々大変な環境ですが、バラ公園・そば街道・さくらんぼ狩りなど、季節の魅力を感じることが出来るとても良い故郷だと感じています。

男兄弟の長男として育ち、中学校時代は卓球部と情報科学部、高校時代は弓道部と写真部に所属し、大学時代は料理研究会と合唱サークルに参加していました。

特に大学時代は何もかも自分たちで段取りを組みますので、成功や失敗を通して人との関わり方を学びました。

大学卒業の数日前に東日本大震災が発生し、卒業式もありませんでしたが、苦楽を共にした当時の仲間たちとは今でも交友が続いています。

私は当時、簿記2級に合格して未経験で入社したのですが、会計事務所の仕事は簿記だけで出来るようなものではなく毎日が勉強です。

ひなた会計事務所へ入社して早3年が経過いたしましたが、知識や経験の無さを痛感する毎日です。

1つ1つの事を丁寧に調べ、後の仕事に役立てるよう心掛けています。

お客様へより分かりやすいご説明が出来るよう、より良い経営の手助けを行えるようになることを目標に頑張ります。

なにかお困りのことがございましたらお気軽にご連絡ください。

スタッフ一同、お客様からのご連絡をお待ちしております。

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長岐 秀紀|仙台市の税理士・ひなた会計事務所

nagaki.jpg1989年(平成元年)4月3日生まれ B型秋田県秋田市生まれ 仙台育ち


幼稚園まで秋田市にいましたが、父の転勤の都合で仙台に引っ越してきました。

小学生の頃は水泳を習い、中学生の頃は剣道部に所属するなど根っからのスポーツ大好き人間です。

 

剣道の大会で仙台市3位になったのは今でも自慢です。

高校は仙台の高校に入学するも先生と折が合わず1年生の1月に中退してしまいました。

しかし高校だけは卒業しなくてはと思い1ヶ月の猛勉強の末、秋田にある高校に再入学することができました。

高校の友人たちは年が1つ下でしたが、変なプライドを持つことなく入学式当日にカミングアウトしとても驚かれたのを覚えています。

当時の友人とは社会人になった今でも交流が続いています。

 

東京の大学に進学しアルバイトや友人たちとの遊びに明け暮れ、「The 大学生生活」を謳歌しました。

就職するため父のいる仙台に戻り、入社したのが建設業の会社でした。残業が多く仕事か家に寝に帰るだけの生活でしたが、社会人としてのマナー・仕事とは何なのかを教えてもらいとても感謝しています。

結婚して自分一人の体ではなくなった時に「自分は誰のために仕事をしているのか」を考え会社を辞めました。

 

再就職する際、このまま建設業に残るか別業種にするか悩みましたが大学時代に少しかじった簿記に関する仕事を探すことにしました。

会計事務所に就職し、着る服が作業着からスーツに変わり今まで自分の知らなかった世界が広がっています。

 

1日でも早く1人前の会計人になるため現在日商簿記2級取得を目指して勉強中です。会計・税法を知らないお客様にも少しでも興味を持っていただくために、この先も会計人1年生というフレッシュな気持ちを大事にしていきたいです。

 

「この人に相談すれば何とかなる」を目標に頑張っていきますのでどうぞよろしくお願いします。

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五十嵐 絵梨奈|仙台市の税理士・ひなた会計事務所

igarashi.jpeg1990年(平成2年)8月31日生まれ

 

A型生まれも育ちもずっと仙台で、3人兄弟の一番上です。


中学では吹奏楽部に所属、高校では軽音楽部に所属しながら、球場でアルバイトを行っていました。

大学時代ではアルバイトに熱中しすぎて、単位がとれずに中退となってしまいました。

中退後、キャリーバック一つで北海道の札幌市に家出をし、半年ほどそちらで過ごしました。

若気の至りだったと思います。


仙台に帰ってきてすぐにコールセンターで働くも、入社時の部署がなくなってしまい、受付電話の部署へ移動に。


お客様の個人情報をうかがっては、他の窓口に案内する日々でした。あまりにも物足りない!と思ったため、退職を決意。

就活を半年ほどするも、資格もなく大学中退でもあるため、なかなか厳しい状況でした。

そんな時に、父から「今自動車会社が儲かっているらしいから、そこなんかどうだ?」と言われました。

いったん働いてお金を貯めながら、これからの方向性を考えようと思い、父から言われた会社を調べ、派遣社員として入社。

昼夜2交代で、時には月100時間近くも残業がありました。

そんな残業が多い中でしたが「経理や経営に関する仕事をしたい」と強く思い、隙間時間で簿記3級と2級を取得。

 

2017年4月から、実務に直結する経営学ということで、BBT大学に入学。

同級生は、実際に会社を経営されている方も多く、そういった方々と話すと、いかに自分が無知なのかを思い知らされる日々です。

いろんな業界の人がいて、一人ひとりがしっかりと自分の考えをもって話されるので、とても刺激を受けます。

私には何の武器もない。

経理という自分の武器を作りたい。

と思い、会計事務所での仕事を探していたところ、ひなた会計事務所で働かせていただけることになりました。

まだ本当に、右も左も分からない状況ですが、職場内はとても綺麗で、また、極力紙ベースで仕事を行わない仕組みができているため効率も良く、これから働くのが楽しみです。

紙ベースでの作業というのは、管理が大変で、必要書類を探すという無駄な行為が多く存在します。

1日3分書類を探したとして、年間12時間もの損失になります。

そういった無駄時間のない弊社は、お客様に対しても様々な効率化の仕組みや節税の提案をしていけると感じております。

いつもデスクの上が書類だらけで、しかも自分の袖机のどこに何があるかさっぱり。

という方がいらっしゃれば、是非一度、ひなた会計事務所にお問い合わせをください。

社員一同、心よりお待ちしております。

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千田 茜|仙台市の税理士・ひなた会計事務所

chida.JPG1997年(平成9年)5月21日生まれ O型

 

出身は岩手県の平泉町です。

 

人口も少なく小さい町ですが、中尊寺や毛越寺などの世界遺産が身近にあったため、歴史あるお寺と文化に触れながら育ちました。

 

姉の影響で小三から中三までの7年間バレーボールを習っていました。

 

中学時代は練習が特に厳しかったものの、周りで励ましあいながら厳しい練習に励んでいました。

 

高校からは部活動中にお菓子が食べられるという理由だけで茶道部に入部しました。

 

活動も少なかったため、放課後は友達と遊んでばかりいました。

 

高校が総合学科だったため、二年生から学びたいコースに分かれての授業となり、今まで自分の進路について深く考えたことがなかったものの、資格を取りたいという理由で商業コースに進み簿記を勉強しました。

 

勉強が苦手だったものの、簿記のテストの点数はよかったため簿記の知識を使える仕事をしたいと思い、税理士の勉強ができる専門学校に進学しました。

 

専門学校での勉強は自分の想像以上に難しく、アルバイトとの両立は大変だったものの、充実した学生生活でした。

 

会計事務所に就職し自分の知識不足を痛感する毎日ですが、一日でも早くお客様の力になれる職員を目指して努めてまいりますので宜しくお願い致します。

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鈴木 健雄|仙台市の税理士・ひなた会計事務所

suzuki2019.jpg1978年(昭和53年)9月25日生まれ A型

出身は茨城県の筑西市というところです。

小学校の頃は、学校のブラスバンドでユーフォニウムという楽器を吹き、
陸上では短距離走で大会に出場し、市内の小学校対抗の駅伝に参加するなど、いろいろチャレンジしていました。
この頃から、ゲームが好きで「将来はゲームのプログラマーになりたい」と言っていました。

中学校ではソフトテニス部に入り、体育会系の先輩後輩関係を学びました。
私の部の先輩は、皆さん優しく、合宿の夜は特に楽しかった記憶があります。

高校ではテニス部に入り、球の違いに最初は戸惑いましたが、練習が実って
県大会出場できるレベルまでには到達できました。

大学入学をきっかけに、仙台に来たのですが
あまりに居心地がよいので、住み始めてもう20年以上経っています。

前職は、資格スクールのスタッフ兼講師をしておりました。
働きながら勉強をして、中小企業診断士などの資格を取得しましたが
もっと数字に強い人材になりたいと思い、現在は税理士を目指しております。

実務経験を積むためにも、会計事務所への転職を考えていたところ
ひなた会計事務所で働くご縁ができました。
私の年齢で、会計事務所経験がゼロにもかかわらず、受け入れて頂いたことに大変感謝しております。

いままでと全く違う環境で、日々覚えることばかりで大変ではありますが、充実しています。

お客様のお悩み・ご不安に共感し、一緒に解決を目指すことを指針とし
成果をしっかり出せる人材になれるよう精進してまいります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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樫原 いずみ|仙台市の税理士・ひなた会計事務所

kasihara.jpg1979年(昭和54年)7月22日 東京都八王子市生まれ A型

山梨県甲州市(松里)で育ちました。山梨県は桃や葡萄、さくらんぼなどの果樹栽培が盛んですが、松里は特に枯露柿(コロガキ)という干し柿の産地で有名で、枯露柿作りが小学校行事になっていました。枯露柿を干している様子は壮観でとてもキレイです。

通学していた小学校は一学年一クラスという田舎で育ちました。(周りは一面の畑で、いつも新鮮な果物を食べていました。)

高校ではハンドボール部で全国大会に3年間出場し、ポジションは色々やりましたが、特に右サイドで速攻を決めていました。

高校卒業後は、岐阜県にある大学に進学しました。社会学の講義の中で地域の風習や方言のテーマについてはとても印象深く、地元の山梨を調査する事でより一層、幼少期の頃から過ごした地元の良さを強く認識しました。

山梨に戻り、山梨の有名な産業であるワインに興味を持ち、ワイナリーに勤めることにしました。海外の様々なワインを好み、日本に広めたいという方が多くいる事に驚き、すごく刺激を受けました。

また、そこで主人と出会い、結婚しました。

結婚後、主人の仕事の都合で静岡県富士宮市に約5年、福岡市に約5年住んでいました。静岡、福岡でも、様々な業種の会社に勤め、事務業務に携わってきました。

小学5年生の娘と小学1年生の息子がいます。

子育ては夫婦2人だけで、両親が常に近くに住んでいない中で、仕事を待ちながらする大変さを実感しました。そのうえ、娘は先天性股関節脱臼で赤ちゃんの時に入院し、リーメンという足を固定する器具を付けて1歳まで育てました。その後、小学1年生の時に股関節の手術、入院をしました。今は元気に過ごしています。

仙台に越して来て1年半経ちました。

現在、事務所に入社してから驚く事が本当に多いです。大手企業と同じ事を実践していたり、良いと思う事はいち早く取り組み、導入しています。
税理士業界は初めての経験ですが、勉強と経験を積み重ね、肝っ玉母ちゃん感たっぷりの容姿に沿うように、内面においてもお客様に安心と信頼を感じてご相談頂けるように日々精進して参りますので、どうぞ宜しくお願い致します。

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日向 敦子|仙台市の税理士・ひなた会計事務所

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1971年9月10日、大崎市田尻に、2人姉妹の次女として生まれました。

小学4年生から剣道を習い、中学はバスケ部に入りました。スポ少と部活での練習の辛さは、この時でしか得られないものです。
やってよかったと今でも思います。
高校は弓道部、大学では卓球サークルに入りました。

はまったものは中日ドラゴンズと、赤川次郎の小説です。

高校生になって進路を考える際、祖父が教頭、母や姉が教師と言う教育一家に育ったため、自然に教職の道を選びました。

私の転機は、18歳の大学1年の夏に、主人に出会ったことでしょうか。
クールで照れ屋な主人でしたが、私に対して感動と愛情をいつも与えてくれました。
主人は、昼は大学、夜は専門学校にバイト、メールもない時代でしたが、必ず決まった時間に電話をくれました。
25歳で結婚した1年後、税理士試験に合格した主人は、30歳で独立したいと言うようになりました。

私は不安でした。顧問先のお客様がついてくれるのか、サラリーマンの方が安定していて路頭に迷うことはないのではないか、と悩みました。

しかし、主人を信じて、2人で共働きしながら、節約も楽しんで独立資金を貯めました。
私も事務員として、共に事務所を開業することに全く異存ありませんでしたので、
教職を辞め、2人で30歳からのスタートを切りました。

それ以後は4人の子供に恵まれ、子育てで事務員を一旦離れましたが、下の娘が小学校に入学する時に簿記3級を取得して、
日々の税務会計を学びながら、仕事のお手伝いをしています。

とにかく、主人は曲がったことが嫌いで、お客様に常に何が一番か考え、親身に正しく導き出しているなと言うのが、側で見ていての感想です。
時にはスタッフさんに厳しく当たることもあり、申し訳ない気持ちでいっぱいですが、皆さん本当によくついてきてくださって、感謝の気持ちでいっぱいです。

4人の子供たちも大きくなり、子育てと仕事と両立しながら、少しでもお客様のお手伝いが出来るよう、
それからスタッフさん達が心地よく働ける環境を作っていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします。

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